2024.1.10
タイも日本も就業規則を労務管理の最重要課題に位置づけなければならない訳
タイでも日本でも労働法で共通しているのが、就業規則という「会社の憲法」の存在です。この「会社の憲法」は最低限記載しなければならない記載要件を満たせば、法律に抵触しない(公序良俗に反しない)限り自由記載が認められています。仮に法律に抵触するルールを定めたら無効となる、至ってシンプルなルールです。また、従業員が10名以上の場合作成が義務化されていることも両国共通です(国によっては従業員数の要件等違いがあります)。
今回はこの就業規則にフォーカスして、必要性、重要性をトラブルの場面から想定した整理をしていきましょう
そもそも就業規則って何を記載しなければならないの?
タイ労働者保護法の108条には就業規則に関する制定要件が定められており、従業員10名以上の制定義務も108条からきています。
また就業規則に最低限記載しなければならない事項がありますので、まずは一度整理しましょう。
記載義務があるのは以下の通りです。
- 労働日、通常労働時間および休憩時間
- 休日および休日に関する規則
- 時間外労働および休日労働に関する規則
- 賃金、時間外労働手当、休日労働手当および休日時間外労働手当の支給日および支給場所
- 休暇および休暇取得に関する規則
- 規律および懲戒処分
- 苦情申立
- 解雇、解雇補償金および特別補償金
上記以外のことを記載するかしないかは、企業の判断に委ねられています。
日本の労働基準法(89条)との違いはどこにあるの?
日本の労働基準法には、絶対的記載事項と相対的記載事項があります。おおむねタイの労働者保護法108条と日本の労働基準法89条の絶対的記載事項が、上記6,7を除くとニアリーイコールで、6,7については日本では相対的記載事項に定められています。
ちなみに、日本の労働基準法89条の相対的記載事項には他にも
・退職手当に関する事項
・臨時の賃金(賞与)、最低賃金額に関する事項
・食費、作業用品などの負担に関する事項
・安全衛生に関する事項
・職業訓練に関する事項
・災害補償、業務外の傷病扶助に関する事項
・表彰、制裁に関する事項
・その他全労働者に適用される事項
が定められており、一般的な就業規則には、この相対的記載事項も網羅されています。
タイ労働裁判の事情を考慮すれば就業規則は労務の最重要課題
以前もお伝えしましたが、タイの労働裁判は日本の約6倍にもなります。その多くは解雇絡みで、1・解雇補償金の請求、2・事前通告による補償金請求、3・期日に基づく賃金の支払い請求・・・これだけでも労働訴訟の45%を占め、件数にして約8,800件にもなります。
日本でも解雇案件は決して少ないわけではありませんが、それでも労働審判で約50%(1,751件)、通常訴訟(裁判)になると約30%(1,082件)で、件数は圧倒的に少ないといえます。
それでは解雇問題に企業が巻き込まれないようにするには、どのような対策を検討すべきなのでしょうか。
解決方法の全てではありませんが、就業規則の服務規律に細かく規定を盛り込む方法は、かなり有効な手段であることは間違いありません。
例えば、SNSに会社の悪口や知り得た情報を漏らさない、違法な薬物を会社内に持ち込まない等を細かく服務規律に記載するのです。
しかし、これらの規定を単純に記載し、牽制(啓蒙)するだけなら取り立てて問題ないのですが、これらルール違反する従業員に対し、懲戒(制裁)処分も含めるのであれば、文言だけ単純に変更すれば良いということにはなりません。
労働者に対し罰則を伴うルール変更の場合、不利益変更となります(なお、不利益変更には罰則のみならず、福利厚生や金銭の不支給等も含まれるので、これらの変更も要注意です)。そのため、労働者の同意がなければ、いくら規定を制定しても争った際には無効になりかねません。
従って、服務規律の改定を検討するのであれば、想定できそうな禁止事項は全て盛り込みむように検討すべきです。
また、日本の労働基準法で規定されている労働条件通知書(雇用契約書)は、タイの労働者保護法では求められていません。しかし、労使トラブルを防止、抑制する観点からも雇用契約書で労使双方から確認を取ることは有効な手立てです。
現地で日本人を雇用する際の留意点
タイ現地で従業員を採用するケースの中には、タイ在中の日本人(現地採用)を採用するケースもあるでしょう。この現地で日本人を採用する場合、給与はタイ人と比較すると高額化するケースが散見されます。この現地採用の日本人もタイ労働者保護法の対象となり、日本の労働基準法の対象にはなりません。例えば、給与の中に「解雇補償金は給与に含まれ、支給しません」と雇用契約書を結んだり、口頭で説明したりとしても、この内容は無効となり、争えば厳しい結果が待っています。
日系企業が陥りがちなタイ就業規則の盲点
タイの労働裁判では、仮にトラブルとなっている対象者が日本人であろうが、タイ人以外の外国人であろうが、裁判所はタイ語で作成された就業規則に基づいて、懲戒処分の妥当性や、有効性を争うこととなっています。
日系企業では、タイ語を話せる日本人社員が少なかったり、社内では英語中心で十分意思伝達を行うことができたりすることでしょう。
タイ現地の日系企業の多くは、日本語版の就業規則と、英語版の就業規則を用意し、こちらのブラッシュアップは欠いていないのですが、言語の課題から、タイ語版の就業規則のブラッシュアップが滞っていたり、中には日本語版、英語版には記載されている内容が、何故かタイ語版では割愛され、記載がなかったりする可能性もあります。
これを機に一度自社の就業規則を点検してみましょう。