タイ労働法と日本労働法の違い

2023.5.12

~タイ進出を考えている日系企業必読~

日本企業がASEANマーケットへの進出を検討した時に、第一候補に上がる国が『タイ』だと言われております。

理由としては、タイ投資委員会(BOI)による投資奨励恩典制度があったり、東南アジア諸国の中心に位置しており、ASEANマーケットのハブとなっている等があげられます。

実際にタイの日系企業数は約5,900社、在留邦人数は約82,500人となっており、東南アジアに進出した企業の約1/3がタイに集中しております。(出所:外務省「海外在留邦人数調査統計(令和4年版)」)

タイマーケットは大変魅力的なマーケットである一方、タイの労働環境に目を向けると日本の労働環境とは異なり、トラブルの発生頻度が高いのも特徴的であります。

そこで、タイの労働環境と日本の労働環境の違いを整理しながら、対応策を検討していきましょう。

日本の労働関連の法律は複雑で難しい

日本の労働に関する主な法律だけでも16種あり、更には健康保険や厚生年金、国民年金といった社会保障制度に関する法律が細かく規定されているので、弁護士だけではなく企業と法律の橋渡し役として社会保険労務士が担っております。社会保険労務士という制度は、日本独自の制度でありASEANには社会保険労務士という制度はありません。従ってASEAN各国の労働課題はすべて弁護士が対応することとなっています。

一方タイの労働に関する主な法律は3種であり、日本の労働法に比べると法律内容は割りとシンプルです。しかし、シンプルが故に実運用面では拡大解釈、縮小解釈が起こりやすく、企業側がタイ労働法を正しく理解し、運用面では就業規則を通じて対策を講じないとトラブルが頻発することになりかねないのも事実です。

今後のブログで少しずつ具体的な対応策をお伝えしていきますが、ここではほんの一例として休暇制度を取りあげてみます。日本では生理休暇というものが労働基準法に定められておりますが、タイでは生理休暇はありません。しかし、傷病休暇という制度があり、これは男性、女性問わず年間30日使うことが出来ることができるのです。生理休暇は有給扱いとするのか、無給扱いとするのか、それは企業側が自由に決めることが出来ます。一方タイの傷病休暇は有給ということが法律で定められており、生理休暇同様、労働者からの取得の申し出を拒むことができません。

しかしながら、企業側である程度コントロールすることも認められていることから、これらの対策として違法性を問われず、有効な手段はどのようなものかを企業側が検討し、講じる必要があるのです。

タイの労働トラブルは日本の8倍?!

日本で労働トラブルが起こった場合の解決手法を整理してみましょう

1 労働基準監督署や都道府県の労働局に相談するケース
2 都道府県の労働局のあっせんを利用するケース
3 弁護士(社会保険労務士)等の代理人を介して交渉するケース
4 労働審判で早期解決(和解による)を図るケース
5 民事訴訟で解決を図るケース

が挙げられます。

特に3以降は金銭負担と負荷時間が発生することもあり、3以降まで発展するケースではかなり重い事案になりがちです。ちなみに2021年度労働審判まで発展したケースは3,609件、民事訴訟まで発展したケースは3,645件になります(最高裁判所事務総局令和3年度司法統計)。

一方、タイの労働トラブルは日本のトラブル解決方法とは大きく異なる点があり、先ずは解決手法を確認してみましょう

1 労働局への申立てで解決するケース
2 労働訴訟で解決するケース

日本の労働トラブルの場合、代理人(弁護士介入)以上の対処方法だと金銭負担が発生しますが、タイ労働トラブルはタイ労働裁判所設置および労働訴訟法(=日本の労働審判法のような法律)の27条により、費用が免除されているため無償で裁判に訴えることができるとあります。なお、被告側である企業も裁判費用は免除されます。

従って、小さいトラブルも含めて裁判に発展することが多く、2021年には実に約3万件の訴え(日本の約8倍)があったのです。また、日本の場合は三審制に対し、タイは二審制となっており、一審で不服の場合、次は最高裁で判断を仰ぐこととなります。

ちなみに、タイにおいて訴訟から判決までの期間は、およそ6ヶ月〜10ヶ月程度かかります。

タイの解雇事案と日本の解雇事案の特徴は・・・

日本の経営者も、昭和・平成の時代では『使えなければクビにすれば良い!』と仰る方も多かったのですが、昨今の労働事情がわかると『日本は簡単に解雇できない・・・』と理解示される方が増えております。

日本で解雇関係のトラブルに発展した場合で、かつ『解雇無効』の司法判断がくだされると、

・解雇言い渡しから判決までの賃金、遅延利息
・判決が決定されるまでの賃金の仮払費用
・訴訟費用(ケースによって)等

これらが積算されるので、賃金2年分(未払い賃金、裁判費用負担等)の支払い命令が下されることも何ら不思議ではありません。当然解雇無効だと会社に現場復帰して業務を行うこととなるので、復帰されるときは十分な配慮が必要となることは言うまでもありません。

タイも日本同様、司法の世界では解雇に厳しい判断がなされます。しかし、日本と特徴的に違うのは、現場復帰するという判断よりは『金銭解決による雇用の解消』となるケースが多いです。

つまり、解雇有効の判断が下されることは稀であり、労働裁判所が解雇に掛かる解雇補償金の額を規定することに注意が必要です。解雇補償金の金額は、労働者の年齢、勤続年数、解雇された場合の困窮の度合い、解雇の原因などを考慮し命令が下されます。

金額は、ケースバイケースであり、金額の予測がつかないことに注意が必要です。日本でいう解雇予告手当(給与1ヶ月分)で十分ということはありません 。

解雇に値する十分な理由を提示できるかが重要となります。

裁判になった場合の相場観や落としどころを知っておくことが重要ですが、日本に比べ、容易に裁判が出来る環境であることからも、解雇トラブルを未然に防ぐということ観点がより重要視されるということになります。

次回はタイの労働時間と比較しながら検証していきましょう。