タイ人にとって社員旅行とは何なのか― 世代別に見る40~60代と20~30代の価値観の違い

2025.12.26

はじめに―社員旅行の意味を問い直す

日本でも社員旅行は長年「社内の親睦を深める行事」として行われてきました。
しかし、近年では若手社員の参加率が低下し、コスト削減の対象になることも少なくありません。
一方、タイでは今もなお多くの企業で社員旅行が慣習的に続いており、労働者にとって「楽しみの一大イベント」となっています。

ただし、すべての世代が同じように社員旅行を受け止めているわけではないようです。
40~60代の中堅・ベテラン層と、20~30代の若手層とでは、社員旅行に期待することや価値の置き方に大きな違いがあります。

本日は、タイの文化的背景と労務管理の観点から、社員旅行がどのような意味を持ち、世代ごとにどのように受け止められているのかを掘り下げていきたいと思います。

社員旅行の文化的背景-タイにおける「サヌック=楽しい」の価値

タイ社会では「サヌック(สนุก=楽しい)」という考え方が重要な価値観として根付いています。
日常の中に楽しみを見出すことは、人生を豊かにするだけでなく、人間関係を円滑にする手段とも考えられています。

職場においても「楽しい雰囲気の中で働く」ことは非常に大切にされます。
そのため、社員旅行は単なる福利厚生ではなく、「職場の絆を深め、楽しい思い出を共有する儀式的イベント」と位置づけられているのです。

また、タイの労働市場は人材の流動性が高いため、社員旅行は従業員のロイヤルティを高め、離職防止に寄与する側面もあります。
会社にとっては「社員が会社に残りたいと思う要素のひとつ」となり得るのです。

40~60代の価値観-社員旅行=会社への忠誠と結束の場

「会社と共に歩んだ証」としての旅行

40~60代の世代は、経済成長期や日系企業の進出が加速した時代を経験してきました。
この世代にとって社員旅行は「会社に大切にされている」という象徴であり、また「仲間と苦楽を共にした証」として強い意味を持ちます。

・旅行先での集合写真を額に入れて自宅に飾る
・上司や同僚との思い出を語り合う
・会社がどれほど社員を大切にしているかを測る指標とする

こうした行動は、日本の高度経済成長期のサラリーマン文化にも通じるものがあります。


忠誠心と上下関係の確認

この世代は、上司に従うことや組織への忠誠を当然と考える傾向があります。
社員旅行は「普段は見えにくい忠誠心を表す場」であり、宴会や余興で上司に尽くすことも、暗黙のうちに期待されることがあります。


社内ネットワーク強化

同世代にとって旅行は「仕事仲間との信頼を深める重要な機会」です。
日常業務では話せないことを打ち明け、部門を超えたつながりを作る場として強調されます。

20~30代の価値観:社員旅行=娯楽とライフスタイルの一部

「楽しめるかどうか」が最優先

20~30代の若手社員にとって、社員旅行はまず「どれだけ楽しめるか」が最重要です。
旅行先の観光スポットやアクティビティ、宿泊施設の快適さが重視され、「会社のために参加する」という意識は希薄です。

・SNSで映える写真が撮れるか
・仲の良い同僚と一緒に楽しめるか
・普段の生活では行けない場所に行けるか

こうした要素が旅行の価値を決定づけます。


義務感よりも自由度を重視

若い世代は「プライベートの時間」を非常に大切にします。
会社主催の旅行であっても、自由時間が多いかどうかが満足度を大きく左右します。
全員参加型の宴会や強制的な余興は敬遠される傾向があります。


離職防止のインセンティブとしての側面

20~30代は転職を前向きに捉える傾向が強いため、社員旅行は「この会社で働くメリット」として作用することがあります。
特に、ラグジュアリーな旅行や充実したプログラムは「会社の魅力」としてアピールし、定着率向上に寄与します。

世代間のギャップが生む摩擦

旅行の目的意識の違い

40~60代:忠誠・結束・組織の絆
20~30代:娯楽・自由・自己表現

この違いは、旅行のプログラム作りや雰囲気作りに影響を与えます。
上の世代は「全員で一緒に盛り上がる」ことを望みますが、若手は「個々が楽しめる自由なスタイル」を好むため、両者の期待が噛み合わないことがあります。


上司と部下の距離感

ベテラン世代は「旅行で上下関係を確認する場」と考えるのに対し、若手世代は「上司ともフラットに楽しみたい」と感じています。
結果として、宴会の場で上司が若手に無理に余興を求めたりすると、不満や距離感を生んでしまうこともあります。

労務管理上の観点-社員旅行が持つリスクと注意点

1. 労働時間として扱かわれるか否か

社員旅行が「業務の一環」とされるかどうかは労働法上の重要な論点です。
強制参加であれば労働時間と見なされ、事故やトラブルが発生した場合には労災補償の対象となり得ます。
過去に「運動会」での事故が労災か否かが最高裁で争われたことがあり「会社の命令か否か=強制か?」が問われました。
会社の命令ではないと判断され、労災の認定が下りなかったケースがあります。

2. アルコールとハラスメント

 宴会での飲酒に伴うパワハラ・セクハラ問題は日本と同様にリスクがあります。
特に若手世代は「強制的な飲酒」や「余興の強要」に敏感であり、これが原因で退職や訴訟に発展する可能性も否定できません。
また、宴会での献花などにも注意が必要です。


3. 安全管理

旅行中の交通事故やアクティビティでの怪我など、会社の命令ではないものの、万が一に備える必要はあります。
保険加入や危機管理マニュアル、旅行参加の規定など整備が必要です。

まとめ―社員旅行は「世代間理解の試金石」

タイにおける社員旅行は、単なるレクリエーションではなく、「会社と社員の関係性を映し出す鏡」です。

・40~60代にとっては「忠誠と結束の場」
・20~30代にとっては「娯楽と自己表現の場」

この価値観の違いを理解せずに旅行を企画すると、摩擦や不満が生じかねません。
逆に、世代ごとのニーズを取り入れたプログラムを組めば、社員旅行は強力なエンゲージメント強化の場となり得ます。

最終的に重要なのは、「社員が楽しんだかどうか」だけでなく、「社員がこの会社にいて良かった」と感じるかどうかです。
社員旅行はそのための貴重なツールであり、世代を超えて共感できる場を設計することが、これからのタイ企業に求められるマネジメント課題となるでしょう。

ご参考になれば幸いです。


執筆者:前田千文

2001年1月、TJ Prannnarai Recruitment創業。2015年より泰日経済技術振興協会にて労働法の講師を拝命。2025年7月、アベノ印刷の2代目社長に就任。

ウェブサイト:
https://tjprannarai.co.th/
https://abeno.co.th/