タイ進出日系企業の営業人材戦略 ― タイ語・英語人材を活かすために日本人が変えるべきこと

2026.4.8

タイで働く上での基本的な背景と問題提起

タイに進出する日系企業が直面する共通の悩みの一つが、「営業・カスタマー対応などのフロント人材を、日本人で固めるべきか、それともタイ語・英語ができるローカル人材を積極的に登用すべきか」という問題です。

特に近年は、顧客がタイに存在する日系企業だけではなく、タイ地場系企業、多国籍企業へと広がり、日本語のみで業務を進めること自体が限界に近づいています。
一方で、ローカル人材を前面に出すと「品質が担保できない」「日本的な報連相ができない」「勝手に判断されてしまう」といった不安の声も少なくありません。

本質的な問いは、「誰を採用すべきか」ではなく、「日本人側が何を変えなければならないのか」にあると考えています。


フロント人材を巡る現実と文化ギャップ


日本人フロント体制の限界

日本人駐在員やタイ語や英語堪能な日本人の現地採用者が営業・窓口を担う体制は、進出初期には有効です。
しかし、

・顧客対応のスピードが遅い
・タイ人顧客のニュアンスを拾えない
・日本人に業務が集中し、属人化する

といった問題が必ず顕在化します。
結果として、日本人がボトルネックとなり、事業拡大を妨げるケースも最近では珍しくありません。


ローカル人材登用で起こりやすい摩擦

一方、タイ語・英語人材を前面に出すと、

・上司に相談せず独自判断で進める
・曖昧な指示をそのまま解釈してしまう
・日本人が「なぜ確認しないのか」と不満を募らせる

といった文化的ギャップが生じます。
これは能力不足ではなく、「前提となる仕事観の違い」によるものです。

実際にあったトラブルとしては以下のようなことがありました。

ある日系企業では、優秀な英語・タイ語人材を営業責任者として登用しました。
しかし、日本人上司は「察して動いてくれるだろう」という前提で業務を任せ、明確な権限範囲や承認フローを定めませんでした。

結果として、価格交渉・契約条件について顧客と口頭合意が進み、日本本社の承認を得ないまま話が進行。
後に条件変更が必要となり、顧客との信頼関係が大きく損なわれました。

さらに、業務内容の曖昧さから雇用契約書の記載と実態が乖離し、残業代や職務範囲を巡る労務トラブルに発展したケースもあります。


タイ労働法・価値観・マネジメントの視点

タイでは、職務内容・権限・評価基準を明確に定めることが極めて重要です。
実際に訴訟となった際に、上記は有力な証拠として採用されています。
「日本的な阿吽の呼吸」は、法的にも文化的にも通用しません。

また、タイ人は「上司に迷惑をかけない」「責任を明確にする」意識が強く、曖昧な指示ほどリスクを避けて自己判断や保身に走る傾向があります。
これは怠慢ではなく、合理的な行動様式です。

マネジメント理論の観点でも、多国籍組織では「人を変える」のではなく「仕組みで管理する」ことが成果を左右します。


日本人の管理職が取るべき行動


1.職務記述書(JD)を「業務説明」ではなく「判断基準」として作成

多くの日系企業では、JDが「採用時の形式書類」にとどまっており、実務上の判断基準として機能していません。
しかし、タイ人のフロント人材を登用する場合、JDは「業務の地図」であり、曖昧さはそのままリスクに直結します。

特に明確にすべきなのは、以下の3点です。


①営業権限の範囲

どの段階まで顧客と条件交渉をしてよいのか。
価格、納期、支払条件について「提案まで可」「口頭合意まで可」「書面合意は不可」など、段階ごとに定義します。


②価格決定権の有無

値引きの可否、割引率の上限、例外承認が必要なケースを数値で明示します。


③承認フロー

日本人上司・本社・他部署の誰に、どのタイミングで承認を取る必要があるのかを図式化することが有効です。

JDが詳細であればあるほど、現場は「勝手に判断」しにくくなり、結果としてトラブルを未然に防げます。


2.日本人が「説明責任」を負うという意識を持つ

日本人管理職が無意識に持ちがちなのが、「ルールは守るもの」「理由は分かって当然」という前提です。
しかし、タイ人スタッフにとっては、「なぜそのルールが存在するのか」が理解できなければ、優先順位は下がります。

たとえば、

・なぜ価格決定に本社承認が必要なのか
・なぜ書面合意を重視するのか
・なぜ納期を即答してはいけないのか

これらは「日本的商慣習」や「過去の失敗経験」に基づくものが多く、説明なしには共有されません。

管理職の役割は、指示を出すことではなく、
「このルールを守ることで、あなたと会社のリスクが減る」
「あなたには、こういったメリットがある」
と因果関係を言語化することです。

説明責任を果たすことで、現場の納得度と再現性は大きく向上します。


3.「報連相」を日本語概念のまま使わない

「報連相を徹底しよう」という指示は、タイではほとんど機能しません。
なぜなら、「報連相」という言葉自体が抽象的だからです。

具体的には、以下を明確にする必要があります。


①報告すべきタイミング(例)

・顧客から価格に関する話題が出た時点
・条件変更を求められた時点
・顧客が即決を迫ってきた時点


②報告先

・直属上司のみか、日本人管理職か、複数名か。


③報告内容の形式

・口頭でよいのか、メールか、チャットか。記録を残す必要があるのか。

これらを定義せずに「報連相不足」を叱責すると、現場は萎縮し、逆に重要な情報が上がらなくなります。


4.日本人が「マネジメント」へ進化する

タイ拠点で問題が起きる最大の原因は、日本人が「自分で動いた方が早い」という意識を捨てきれないことにあります。

プレイヤーとして優秀であることと、マネジメントとして優秀であることは別物です。
マネジメントに求められるのは、

・自分が動かなくても回る仕組みを作る
・判断基準を共有し、再現性を高める
・人ではなくプロセスや結果を見る

という視点です。

日本人管理職がこの視点に切り替わったとき、タイ語・英語人材は初めて「使える人材」ではなく「育つ戦力」になると考えます。


最後に…

日系企業がタイで成長するためには、タイ語・英語人材をフロントに登用する流れは避けられません。
しかし成功の鍵は、「優秀な人材を採ること」ではなく、「日本人側がマネジメントを変えること」にあると考えます。
これはフロント人材だけではなく、全てのポジションで人材を採用し登用していく上で必要な姿勢ではないかと考えます。
曖昧さを排し、仕組みで支え、文化の違いを前提とする。
この姿勢を持てる企業こそが、タイ市場で持続的に成長する企業となりえると存じます。
今日の内容がご参考になれば幸いです。